お侍様 小劇場 extra

      “木枯らしも吹いたけれど” 〜寵猫抄より


今頃に“太平洋高気圧”がご乱心したりもし、
昨年同様、一向に落ち着かぬ様相の今年の秋ではあれ、

 「さすがに“立冬”を前にしちゃあ、
  そろそろ年貢の納めどきってやつですかね。」

 「……七郎次。
  もしかして秋だからという懸詞(かけことば)のつもりか?」

にっこり微笑って人差し指を立ててという、
上手いこと言うもんでしょう、別名“どや顔”で言われてもなと。
そこは一応 文筆業の島谷せんせえ、
敏腕秘書殿を遠回しに窘めていたりして。

 『遠回しにというところがミソですね。』
 『???』

彼らの間柄というもの、
きっちり把握しておいでだからこそ、
ついつい洩れた感慨だったのだろうに。
いや特に意味はないんですよと、
早くも年末調整の第一弾、
新春号の原稿を受け取りに来ていた林田さんが、
あはは…とどこか乾いた笑い方をしてから、

 『おお、この子がクロちゃんですね。』

などと、わざとらしく話を逸らした先では、
仔猫が増えての二匹がかりで“みゃうにゃあvv”と。
窓辺の陽だまりも暖かな、いつものリビングへお越しの編集さんへ、
愛らしくもまとわりついてのお出迎え。
キャラメル色のぽあぽあした綿毛が愛くるしい、
ちょっとお澄ましなお顔も、
胸元に盛り上がった白毛並みにはお似合いの。
メインクーンの久蔵ちゃんも相変わらずの愛らしさなら。
その久蔵ちゃんより一回り小さな、新顔の黒猫さんも、
まだまだ幼い身ゆえの、寸の詰まった手足やら、
金の鈴みたいな潤んだ瞳に、
ちょんちょんと小粒に小さいお鼻とお口が寄り添っている、
甘くて愛らしいお顔立ちなことやらが、

 『うあ〜〜〜、どうしましょうかvv』

久蔵仔猫にも心惹かれての、
七郎次並みにメロメロだった林田さんなだけに。
この新しいお顔にも、早くもとろけそうな笑顔になっておいでで。
読み合わせが終わるまでの待機中、
猫じゃらし片手に、綺麗どころ二匹と至福の刻を過ごされたようで。

 「ヘイさんのところ、次は少年誌の冬の号でしたっけ?」
 「ああ。」

きっと“催促というのじゃないけれど”と、度々お見えになりますよと。
コタツに突っ込んだお膝の上、
抱え込んでた小さな家族らを見下ろして。
ねぇ〜vvなんて、無邪気にお顔を見合わせておいでの愛しの君。
耳の上から金の髪が幾条かこぼれて来たのを掻き上げる、
行儀のいい手の所作も麗しき女房殿の。
白い頬を甘く輝かせて見せる屈託のない笑顔こそが、
ほくほくと嬉しいらしい勘兵衛であり。
その視線が留まったのは、
キャラメル色だというメインクーンの仔猫さん、
彼らには5歳くらいの坊やに見えている存在の方。

 「まうにゃ?」
 「そうだよねぇvv」

甘いお声の猫語も相応しく、
金色のくせっ毛が白い額やふわふかな頬に沿うての、
まるで天使のような風貌の和子だが、

 《 これまでにも?》

先のちょっとした騒動のおり、
まだ陽のあるうちから、
人で言うなら二十歳前後かという見映え、
青年風の姿となる“大妖狩り”の本性を明らかにした久蔵であり。
共闘という形となった経緯だったからとは言え、
勘兵衛へもそんな姿を見せたままにしていた彼だったのへ。
七郎次を守る態勢を自然に構えたことといい、
これは味方と断じたらしい、今様 陰陽師殿。
随分と手短な訊きようをした久蔵だったのへ、
特に逡巡するでなくのあっさり、是と頷いて見せ。

 『そういう性質なのか、
  儂よりもよほどに、
  妖かしや物の怪に遭遇しているようなのだがの。』

ただ、当人にまるきり霊感がないようなので、
小さな邪妖や、逆に自然の気配をつかさどるような精霊が、
すぐ傍らに寄り添うても、てんで気がつかぬらしくてな、と。
文字通り大きな大きな図体になった、
大妖らしいクロの毛並みに取り巻かれて眠る姿を、
なんとも微笑ましいと眺めやりつつも。
だがだが、場合によっては
人の生気を喰らう性分の邪妖に喰いつかれかねぬ、
そんな恐ろしい目に遭いかねぬ素養なのへと、
深色の双眸を翳らせ、眉を曇らせてもいた勘兵衛であり。

 《 だから、か?》

 『?』

白皙寡黙な刀使いの物言いは相変わらずであり。
あまりに端的な訊きようへ、
今度はさすがに通じなかったものか、
何がだという問い返しをしかけた勘兵衛だったが、

  ―― ぐるるる、と

主人の方へと大きな頭をもたげて来たクロの、
喉を鳴らす様子に何かしら通じるものがあったようで。

 『ああ…いや。
  だからという使命を帯びてのこと、
  儂が傍らにおるという順番ではなかったのだがの。』

彼らの出会いに、
そのような事情は一切絡んではないのだが、

 『だがまあ、
  そういう“奇縁”だったということはあるのかも知れぬわな。』

すっかりと寝床扱いとなっている黒猫の妖かしさんの、
つややかな毛並みへ頬擦りしている女房殿の姿を眺めつつ。
精悍なお顔の彫の深さも甘やかに和むほど、
口許を目許を、それは優しく和ませる彼からは。
試練とか宿命とか、
そのような重きものとは捕らえていないようだと察せられ。
むしろ、

 『使命感こそないながら、
  それでも、この巡り合わせに幸いを覚えておるようではないか。』

そんな言い回しをしたのは、
久蔵の朋輩の方の黒猫さんこと、兵庫殿だったのだけれども。

 「にゃ♪」
 「みゅうにゃvv」

大人と大おとなたちの側のちょっとした事情と、
互いへの刷り合わせがあったことなぞ、
丸きり知らされぬままの七郎次だという この状況。
考えようによっては勝手な欺瞞かも知れぬとか、
もっと大変なことに遭遇してしまったならば、
これまでを知らされていない身には衝撃も大きいかも知れぬとか、
穴もボロも山ほどな対処なのかもしれないが。

 「久蔵、クロちゃん。ケーキ食べよっか?」

甘くたわめられた目許や、品のいい口許に浮かぶ、
ただただ屈託ないばかりの、
すこぶるつきの笑顔を見せられては、

 《 これへ墜ちない存在は、むしろ気の毒としか言えんわな。》

何とも即妙、
ずばりと言い当てたお声へ、
うんうんと大きく頷きかけた勘兵衛が、

 「???」

はたとその双眸を見開けば。
そんな彼の向かいに座っていた七郎次のお膝、
コタツの天板からちょこっとだけ、
目許だけ見えてた小さな黒いのが、
ぱちぱちぱちっと瞬きをして見せており。

 「…………クロ、か?」
 「にぃあ?」

何のお話?と小首を傾げた仔猫の頭上では、
彼らの守るべき対象殿まで小首を傾げており、

 「勘兵衛様?」
 「あ、ああいや、何でもない。」

勘兵衛様もケーキ食べますか?
ヘイさんたら山ほど持って来てらしてと。
何をどう勘違いしたものか、
案じるようにそんな言いようをする天然さもまた愛おしい。
寒さが増して人恋しい季節が来るのへも、
むしろ待ち遠しいと思っておいでの壮年せんせえなのを見て取って、

 「ふなう。」
 「み?」

やれやれと鳴いたクロだったのへ、
今度は久蔵坊やがひょこりと小首を傾げた、
何とも長閑な島田さんチだったようでございます。





   〜Fine〜  2011.11.05.


  *前回の後日談を少々。
   小さなクロちゃんも、実をいや
   久蔵さんたちと同じくらいに齢を重ねておいでのはずで。
   ずっと口を利かなかった彼ですが、
   自分寄りのお仲間が出来たせいか、初めて独り言ちたらしく。
   ……なんか、
   いい性格のキャラばっか増えてませんか?(訊かれても…)

めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る